2012年7月27日金曜日

コンテンツ表現論13

映画を観て、ソーシャル上の個人と実際に会って話す個人とはどのような違いがあるか。
 と、記述されていたが、今回授業を欠席してしまったため「個人的な体験」を重視してブログにまとめようと思う。

私自身、2010年にtwitterを始めた。
なかなか野球好きな知人友人がいなかったためだが、同じような趣味を持ち、なおかつ同じ球団が好きという人を見つけた。
その人の職場は私の母方の実家と大変近い。徒歩二分ほどの距離だろうか。
案外気づかないところにいるものだ、と大変驚いたし、それが一つのきっかけのうちになり今では頻繁に食事に出かけたりもする。

先日はわざわざ目当ての選手を見るために関西の方からよみうりランドにあるジャイアンツ球場まで足を運ぶ遠征をしてきた子もいた。
そのことはその10年当時からの交流を持っていて、実際にあったのは初めてだった。 彼女は文章となんら変わりない印象だったのだが。

よくいるのはネット弁慶とでも言おうか、文字ではたくさんしゃべるのに、実際にあうと全くと言っていいほど話さない人、文章の構成はとんでもないのに実際にあって話してみれば至って普通など。
文章だけみたら女性のようだが、性別を聞いたら実は男性だったとか、こちらの思い込みというのもあったりもする。
文章で感じる雰囲気と、実際にあった雰囲気との違和感があるだとか、性格がとんでもなくてもう関わりたくないとすら思ってしまうようなひとだったとか。
本当にいろんな人にであってきた。
私の個人的な趣味もほぼそういったソーシャル上でしかわからない人々とたくさん関わる機会があるので、ある意味なれていると言えばそうだと思う。

 良縁もあれば、その逆もある。 うまく使っていけば年齢、性別、地域なにを問うことなく、自分と合った人と知り合えて交流できるのだろう。